#056 3か月半の入院生活を終えて自宅へ

入院中
5月28日(金)

妻の退院まで、あと一日。

今日は、朝一で医療ソーシャルワーカーさんから電話があった。

「前の病棟の看護師さんたちが見送りたい」とのこと。

なので「産婦人科を出たら、少しで良いので寄ってもらえないか」と。

こちらもお礼を言いたかったので「ぜひ寄らせてください」とお願いした。

 

また「明日は福祉タクシーを手配したので、出口で待機してくれる予定です」とのこと。

そして「訪問看護師さんは13:00にご自宅に伺い」

「退院後の通院は6月12日になりました。」とのことだった。

とりあえず退院時の移動の心配はなくなった。

市役所の相談員さんに連絡。

「退院時の移動は問題なく、通院の移動手段だけ手配をお願いします」と伝えた。

 

午後には、ネッツトヨタに福祉車両のデモカーが来た。

レンタルしたリクライニング車椅子が乗るか確認。

何とか乗せることができた。

ただし、助手席は一番前に出す必要があるので、乗れない。

三列目も左側のシートは出せない。

妻を乗せる時は、運転席・妻・妻の隣・三列目の右側に一人の計4人しか乗れないな。

まあ、十分か。

 

妻の方は、もうワクワクが止まらない様子。

「明日のご飯を何にしようか」でずっと悩んでいる(笑)。

幸せな悩みだね。

 

夜は、お義母さんから何やら「話がある」と。

「7月に2週間から3週間お休みをもらいたい」と。

「ん?お休み?」と一瞬ハテナになったが・・・

これで私は仕事ができないことが確定した。

休みってどういうことなんだろう・・・甘えるわけにはいかないということか。

とりあえず6月に入る前に言ってくれてありがたい。

明日朝一で取引先に電話して、7月以降の契約を白紙にしてもらうことにした。

 

ここからは体力勝負。

家だけで完結する仕事があればやるけど、スズメの涙だろうから。

妻の病状と、貯金との勝負になりそうだ。

最悪、底をついたら妻を実家に連れて行ってもらおう。

ところで、お義母さんは妻を実家に連れ帰ろうとしていたけど・・・(以下、参考記事)

その時は、お休みって、どうするつもりだったんだろうか。

 

5月29日(土)

今日は、とうとう妻の退院日。

10時頃、病院へ向かった。

一旦、私一人で病室へ行き、荷物の片付け。

入院の時に持ってきたキャリーケースはあるけど

入院中で荷物が増えたから、大きいランドリーバッグみたいなのを二つ持ってきた。

だけど、ギリギリ入らない・・・

入らない分はスーパーの袋に入れた。

リハビリの人たちが来て、妻を車椅子に乗せてくれて、見送ってくれた。

 

産婦人科の看護師さんなどにも挨拶して、前の病棟(呼吸器内科)へ。

全員ではなかったが、妻を担当してくれていた看護師さんがお見送りしてくれた。

息子が先生と看護師さんに「お手紙を書きたい」と言っていたので、前日に書いたお手紙をプレゼント。

看護師さんはとても喜んでくれた。

 

妻は福祉タクシーで帰宅。

帰ってからは、介護リフトを使ってベッドへの移動。

なんとか無事に成功した。

今日は無理だけど、明日はお散歩に行ってみよう。

 

午後は訪問看護師さんが来てくれた。

初日なので契約と様子見といったところ。

退院前に病院で清拭と着替えはしてもらっているので、褥瘡(じょくそう…床ずれのこと)の確認をしてくれた。

褥瘡の確認をしていると、何やら便が出始めて・・・

最初は固形の便だったが、次から次へと水の便が出始めて大爆発。

ケア指導の時と同じような状況だ。

訪看さんが来てくれているときで助かった。

私一人だったらパニックだ。

訪看さんは器用に、介護用品を上手に使いながら処理をしていく。

病院の看護師さんよりも手際がいいし、全然まわりを汚してなかった。

すごいなー。

ケア指導受けるより、訪看さん見ているだけで十分な気もしてきた。

 

とにかく無事退院できてよかった。

今後は薬がいつまで効果があるのかにかかっている。

そして、これからは妻に残された大事な大事な人生の始まり。

できることは少ないかもしれない。

だけどできる範囲で、少しでも多くの思い出を作ってあげたいと思う。

大変だと思うけど、頑張ろう。

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